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山口地方裁判所 昭和63年(ワ)224号 判決

原告

中川勝博

被告

防府構内タクシー

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金八六〇五万二七八二円及びこれに対する昭和六一年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一億三三五六万八七二五円及びこれに対する昭和六一年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は、昭和六一年八月二四日午前一時三五分頃防府市大字富海一二〇三番地の一富海公民館前国道二号線において、被告防府構内タクシー株式会社(以下「被告防府構内タクシー」という。)従業員大野春満運転の普通乗用自動車(タクシー)に乗客として乗車中、被告防府構内タクシー車に被告四国トラツクサービス株式会社(以下「被告四国トラツクサービス」という。)従業員河野光明運転の大型貨物自動車が側面衝突し、脳挫傷の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告らの各従業員が運転していた車両は、それぞれ被告らが保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、被告らは、自賠法三条に基づき原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

3  原告の傷害の程度

(一) 原告は、本件事故直後から意識不明で、山口県立中央病院脳神経外科に収容され治療を受けたが、二か月間は全く意識不明であり、昭和六二年五月二日までの二五二日間右病院に入院し、同月二〇日から昭和六三年五月二七日まで通院治療(実通院日数二五日)を受けた。なお、昭和六二年八月二四日症状が固定した。

(二) 原告は、四肢が麻痺し、見当識障害・知能低下等の精神障害があり、自身で生活することは不可能で、生活の全てに介助を要する状態にある。

(三) 原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当するものである。

4  原告の損害 合計金一億八一八一万二三〇七円

(一) 休業損害 金六〇〇万円

(1) 休業期間 昭和六一年八月二四日から昭和六二年八月二三日までの一年間

(2) 一か月の賃金 金五〇万円

原告は、本件事故の約二年二か月位前から滝本鉄工建設に所属し、その後訴外太平電業株式会社の仕事でヨルダンのアカバにおける海外での仕事に従事し、その間滞在費を含め五〇万円の賃金の支給を受けていた。そして、昭和六〇年一月から昭和六一年五月までの間訴外会社から滝本鉄工建設に金四七万円が毎月振り込まれ、滝本鉄工建設は原告指定の銀行口座に振込手数料を控除した金額を振り込んでいた。原告は、鳶職で我が国において働いたとしても月六〇ないし七〇万円の収入があつたものと考えられることからして、原告が本件事故に遭わなければ、最低一か月金五〇万円の収入があつたことは明らかである。

(二) 後遺障害による逸失利益 金九三〇〇万円

(1) 労働能力喪失率 一〇〇パーセント

(2) 喪失期間 昭和六二年八月二四日(満四三歳)から平成二三年八月二三日までの二四年間

(3) 新ホフマン係数 一五・五〇〇

(三) 慰謝料 金二五〇〇万円

(四) 介護料 金四六七四万八七二五円

(1) 期間 昭和六一年八月二四日(満四二歳)から原告の平均余命である七六歳までの三四年間

(2) 新ホフマン係数 一九・五五四

(3) 一日の介護料 金六五五〇円

(五) 建物改造費用 金四五六万三五八二円

(六) 弁護士費用 金六五〇万円

5  損益相殺 金四八二四万三五八二円

原告は、自賠責保険から金三八五六万円、被告防府構内タクシーから休業損害の内払いとして金五一二万円、建物改造費用として金四五六万三五八二円をそれぞれ受領した。

6  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、金一億三三五六万八七二五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年八月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告防府構内タクシー)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中被告らの各従業員が運転していた車両は、それぞれ被告らが保有し、自己のため運行の用に供していたものであることは認めるが、その余は争う。

3 同3の各事実は認める。

4 同4の事実中(五)は認めるが、その余は否認する。

原告は、昭和五七年六月二日発生の交通事故により九級一〇号に該当する後遺障害を被つた。したがつて、本件事故による労働能力喪失率は、本件事故による後遺障害等級一級の労働能力喪失率一〇〇パーセントから原告の既存の該当等級九級の労働能力喪失率三五パーセントを差し引いた六五パーセントである。

また原告は、身体障害者福祉法に基づく身体障害者手帳の交付申請及び特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づく特別障害者手当認定の申請をいずれもしていないが、申請すれば身体障害者手帳の交付を受けることができ、また特別障害者手当の支給も受けられる。そうすると、入院した場合には、更生医療として毎月五万七〇〇〇円、特別障害者手当として毎月二万一一〇〇円の合計金七万八一〇〇円の支給を受けることができるのであるから、原告の主張する介護料が認められるとしても、原告主張の一日の介護料六五五〇円から、七万八一〇〇円を三〇日で除した二六〇三円を控除すべきである。

更に原告は、介護期間について平均余命を主張しているが、原告のように植物人間に近いものが平均余命まで生存する蓋然性は乏しい。したがつて、平均余命ではなく、生存可能年数を採用すべきであるから、介護期間は、せいぜい一〇年ないし一五年位と考えるべきである。

5 同5の事実は認める。

(被告四国トラツクサービス)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中被告四国トラツクサービスの責任原因は認める。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実中(五)は認めるが、その余は争う。

原告の収入について、原告がヨルダンに行つていた期間は、昭和六〇年一二月二四日から昭和六一年四月一五日の三か月余りであり、その間特別高収入であつただけで、原告の収入が恒常的に四七万円であつたわけではない。また原告は、昭和六一年四月一五日以降本件事故日まで四か月以上働いておらず収入がない。したがつて、原告の休業損害、逸失利益を算定するについて、一か月の賃金を五〇万円とするのは過大であり、平均賃金を基準にすべきであり、また原告に九級に該当する既存の後遺障害があつたことを考慮した金額にすべきである。

また介護料についても、家族付添費として一日四〇〇〇円程度とし、原告の生存可能年数についても、原告のように重篤な後遺障害者については、健常者より極端に短い場合があるから、年金払いの方式にすべきである。仮に一時払いとする場合でも、生存可能年数について、平均余命よりかなり短い期間とすべきである。

5 同5の事実は認める。

三  抗弁(被告防府構内タクシー)

1  免責事由

本件事故は、被告四国トラツクサービス従業員河野のスピードの出し過ぎと前方不注視による一方的過失に基づいて発生したものであり、被告防府構内タクシー従業員大野には過失がない。

2  過失相殺

仮に大野に過失があつたとしても、本件事故は、原告が飲酒のうえ、大野に対し、大声で威圧的に「右へ行け」、「バツクしろ」、「左へ行け」と命じたために発生したものであり、乗客である原告の無理強いがなければ、大野としてもこのような運転をしなかつた筈である。したがつて、本件事故に対する原告の過失として二割を認めるのが相当である。

四  抗弁に対する認否

抗弁はいずれも否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生及び被告らの責任原因

請求原因1の事実及び被告らが本件事故当時、それぞれ被告ら各従業員の運転していた車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。

二  抗弁1(免責事由)について

被告防府構内タクシーは、本件事故が被告四国トラツクサービス従業員河野の一方的過失に基づいて発生したもので、被告防府構内タクシー従業員大野に過失がない旨主張しているが、その趣旨を善解すれば、運行供用者である被告防府構内タクシーにも過失がないし、また被告防府構内タクシー車の構造上の欠陥又は機能の障害の有無が本件事故と無関係である旨を主張しているものと解される。

そこで、本件事故の態様、経緯について検討する。

証拠(乙一の二、一の三、証人河野(一部)、同大野、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、いずれもアスフアルト舗装された東西である広島市方面から下関市方面に通じる国道二号線とこれとほぼ直角に交差し、南北に通じる市道との交差点であるところ、国道二号線は歩車道の区別のある直線道路で見通しはよく、片側一車線であるが、広島市方面に通じる上り車線の現場交差点付近では左折、直進車線と右折車線との二車線に区画されており、各車線間及び車道両側にある外側線はいずれも白色線で表示されているが、中央線は黄色の実線で標示されている。国道二号線の下関市方面に通じる下り車線の幅員は事故現場である交差点手前(下関市側)では約三・二メートルであり、上り車線の幅員は、左折、直進車線が約三・一メートル、右折車線が約二・五メートルとなつている。他方交差点北側の市道の幅員は約五・八メートルであり、南側は約四・二メートルとなつている。また現場交差点の下関市側には横断歩道が設けられ、両側の歩道上に押ボタン式信号機が設置されている。右信号機は、横断者が押ボタンを作動させたときだけ信号の灯火が変わる仕組みになつており、それ以外のときは常時国道を運行する車両に対しては黄色の灯火点滅が表示されている。国道側は最高速度時速五〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し禁止の規制がなされ、市道側は最高速度時速三〇キロメートルの規制がなされている。

2  被告防府構内タクシー従業員大野は、事故当日の八月二四日午前一時二〇分頃防府市内の通称新天地街で乗客である原告を乗せ、被告防府構内タクシー車を運転して国道二号線を下関市方面から広島市方面に向かい時速約四〇キロメートルの速度で進行して本件事故現場である交差点に差しかかつたところ、原告から右折するように言われ右折して市道に入つた途端に、原告から右折ではなく、左折するように言われたため、車を一旦停止させた後、車を後退させて国道二号線上り車線の右折車線まで戻り、交差点手前に設置された横断歩道の前で一旦停止した後、左折しようとして左の方向指示器による進路変更の合図をし、後方から直進して来る被告四国トラツクサービス車の前照灯を左のフエンダーミラーで確認したものの、先に左折できるものと考え、また原告からも早く車を発進させるよう急がされたこともあつて、後方の安全確認が不十分なまま左折を開始した直後後方から進行して来た被告四国トラツクサービス車が被告防府構内タクシー車の左側面に衝突した。一方被告四国トラツクサービス従業員河野は、被告防府構内タクシー車が左の方向指示器による合図を約八〇メートル以上も手前で確認していたのに、自車が優先して進行できるものと考え、時速約七六キロメートルの速度のまま進行し、その直前約二〇メートル手前で初めて危険を感じ急制動の措置を講じたが間に合わず、自車前部を被告防府構内タクシー車の左側面に衝突させた。

右認定事実によると、被告防府構内タクシー車が左折すべく左の方向指示器による進路変更の合図をしていたのであるから、被告四国トラツクサービス従業員河野は被告防府構内タクシー車の進路の変更を妨げてはならなかつた(道路交通法三四条五項)のに漫然時速約七六キロメートルの速度のまま進行した過失があるし、他方被告防府構内タクシー従業員大野にも、後方から被告四国トラツクサービス車が直進して来るのが分かつていたのに、先に左折できるものと考え、後方の安全確認が不十分なまま交差点を左折しようとした過失があるというべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく被告防府構内タクシー主張の抗弁1は理由がない。

三  原告の損害

1  休業損害 金五六四万円

原告が昭和六一年八月二四日から昭和六二年五月二日までの間山口県立中央病院脳神経外科において入院治療を受け、また同月二〇日から昭和六三年五月二七日までの間右病院に通院(実通院日数二五日)し、その間の昭和六二年八月二四日症状が固定したこと、原告の後遺障害は、四肢が麻痺し、見当識障害や知能低下等の精神障害があり、自身で生活するのは不可能であつて、生活の全てに介助を要するものであり、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当することは当事者間に争いがなく、この事実と証拠(甲二ないし一八、二二、二七の一、二、太平電業株式会社に対する調査嘱託の結果、証人滝本、原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)を総合すれば、原告は昭和一八年一〇月八日生まれの本件事故当時満四二歳の男性であり、本件事故前の昭和六〇年一二月二四日から昭和六一年四月一五日までの間滝本鉄工建設から太平電業株式会社を介してヨルダンのアカバでボイラー据付工事の鳶工として派遣され、その間滝本鉄工建設から毎月概ね金四七万円の収入を得ていたこと、また原告はそれ以前にも滝本鉄工建設で鳶工として稼働し、少なくとも昭和五九年一二月から昭和六〇年一一月までの間毎月概ね右金額と同額の収入を得ていたこと、もつとも、原告はアカバでの仕事を終えて、遅くとも昭和六一年四月中には帰国したが、その後本件事故に遭うまでの間滝本鉄工建設で稼働することなく、またその他の所で稼働した形跡も窺われないけれども、原告と滝本鉄工建設との間では原告は帰国後そこで働くことの約束ができていたのであつて、本件事故に遭い、昭和六一年八月二四日から昭和六二年八月二三日までの一年間、その意思がありながら稼働することができなかつたものと推認され、原告は本件事故に遭わなければ、少なくとも一か月当たり金四七万円を下らない収入を得たものと認められる。

そうすると、原告の右期間中の休業損害は、金五六四万円となる。

2  後遺障害による逸失利益 金七二四五万三一三二円

原告の後遺障害は、四肢が麻痺し、見当識障害や知能低下等の精神障害があり、自身で生活するのは不可能であつて、生活の全てに介助を要するものであり、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当するものであることは前記のとおりであり、この事実によれば、原告は、本件後遺障害により前記症状が固定した昭和六二年八月二四日から六七歳に達するまでの二四年間を通じて、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものと認められる。

もつとも、被告らは、原告は昭和五七年六月二日発生の交通事故により後遺障害等級九級の後遺症を被つているのであるから、本件事故による労働能力喪失率を減じるべきであると主張する。確かに、原告は昭和五七年六月二日軽四貨物自動車を運転中対向してきた普通乗用自動車と正面衝突し、頭部打撲症、外傷性頸椎症、腰部打撲症の傷害を負い、昭和五八年一月一〇日症状が固定したこと、原告の後遺障害について、昭和五八年八月一〇日自動車保険料率算定会損害調査事務所により腰椎損傷による疼痛が常時残存し、就労可能な職種の範囲が相当程度制限されるものとして自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表九級一〇号に該当するとの認定を受けたことが認められる(乙二の一一ないし一三、二四ないし二六、原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)。しかしながら、証拠(証人滝本、原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)によれば、原告は前件の交通事故により後遺障害等級九級一〇号と認定されたものの、その後前認定のとおり鳶工として稼働していたのであつて、その間格別腰椎損傷による疼痛により労務に支障をきたしていたとは窺われないことが認められる。

右の事実によると、本件事故当時原告に後遺障害等級九級一〇号相当の後遺障害が残存していたとは考え難く、また本件後遺障害は脳挫傷に起因する四肢の麻痺と精神に著しい障害を残すものであつて、前件の交通事故による後遺障害の部位・内容とは異なるものであり、相互に関連性がないというべきであるから、被告らの右主張は採用できない。

そうすると、原告の後遺障害による逸失利益をライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時における現価を算出すると、金七二四五万三一三二円となる。

四七万円×一二×一×(一三・七九八六-〇・九五二三)=七二四五万三一三二円

3  慰謝料 金二〇〇〇万円

以上認定の諸事情を総合勘案すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料の額は、入通院及び後遺症を含め、金二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

4  付添看護費 金二六六三万九六五〇円

(一)  入院付添費

原告は、本件事故当日の昭和六一年八月二四日からその平均余命である七六歳までの三四年間の介護料を求めているけれども、前記のとおり原告は本件事故日である昭和六一年八月二四日から昭和六二年五月二日までの間山口県立中央病院脳神経外科において入院治療を受けたが、その受傷の内容からして入院中付添看護を必要とする状態であつたことは想像に難くないけれども、右期間中職業的付添人或いは妻である中川敏子など原告の近親者らがその付添看護をしたことを認めるに足りる証拠資料はない。したがつて、入院期間中の付添費を認めることはできない。

(二)  昭和六二年五月三日以降平成元年四月二九日までの付添看護費 金三二七万六〇〇〇円

証拠(甲二〇、二一、原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)によれば、原告は、症状が好転しないことから昭和六二年五月二日山口県立中央病院を退院し、以後自宅で療養しているが、自力移動が不可能であり、また独力では栄養摂取不能で糞尿失禁状態にある等生活全般にわたり介護が必要な状態にあつて、しかも症状の改善は困難であると診断されているところ、妻である中川敏子は、原告の看護介助のため、昭和六二年一〇月九日から平成元年四月二九日までの間有限会社防府家政婦紹介所から家政婦を依頼して原告の付添看護をさせ、右会社に対し、その費用として一日当たり金五五六〇円で紹介手数料を含めた合計金一六五万六六〇四円の支出をしたこと、またその間家政婦を依頼しなかつた日は中川敏子が原告の介護をしていたことが認められる。しかし、右期間中の家政婦による付添看護の日数は明らかでないので、原告が退院した後の昭和六二年五月三日以降平成元年四月二九日までの間の付添看護費としては、少なくとも一日当たり金四五〇〇円と認めるのを相当とするから、七二八日間で金三二七万六〇〇〇円となる。

(三)  将来の付添看護費 金二三三六万三六五〇円

前記のとおりの原告の後遺障害の部位・程度によれば、原告は生涯にわたり付添看護を必要とする状態が続くものと推認され、今後も妻である中川敏子ら近親者によつて自宅でその付添看護がなされていくものと認められるところ、原告が本件事故当時四二歳の男性で昭和六一年簡易生命表ではその平均余命は三五年程度となつていることを勘案すると、平成元年四月三〇日(満四四歳)以降七七歳までの三三年間について、一日当たり金四〇〇〇円の付添看護費を必要とすることが認められるので、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその間の付添看護費の現価を算出すると、金二三三六万三六五〇円となる。

四〇〇〇円×三六五×一六・〇〇二五=二三三六万三六五〇円

もつとも、被告らは、原告のように植物人間に近いものが平均余命まで生存する蓋然性は乏しく、したがつて、平均余命ではなく、生存可能年数を採用すべきであるから、介護期間は、せいぜい一〇年ないし一五年位と考えるべきである、或いは原告の生存可能年数についても、原告のように重篤な後遺障害者については、健常者より極端に短い場合があるから、生存可能年数について、平均余命よりかなり短い期間とすべきであるとそれぞれ主張するけれども、原告の症状からして健常者に比べ、例えば肺炎等の感染症(合併症)などの余病を併発し易いということはいえるとしても、一般的に植物人間の状態にある者の生存可能年数は、その者の症状、年齢、医療・看護の体制、担当医師や付添看護者などの熱意、力量、その他治療条件、生活条件等の環境に左右されるものであつて、一概にその余命が健常者よりも短く、平均余命を全うし得ない蓋然性が高いとも断定し難いうえ、原告が平均余命より短い年数しか生存することができないと認めるに足りる証拠資料もない。したがつて、被告らの右主張は採用できない。

また被告防府構内タクシーは、原告は身体障害者福祉法に基づく身体障害者手帳の交付申請及び特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づく特別障害者手当認定の申請をいずれもしていないが、申請すれば、身体障害者手帳の交付を受けることができ、また特別障害者手当の支給も受けられるのであり、入院した場合には、更生医療として毎月五万七〇〇〇円、特別障害者手当として毎月二万一一〇〇円の合計金七万八一〇〇円の支給を受けることができるのであるから、原告の主張する介護料が認められるとしても、原告主張の一日の介護料六五五〇円から、七万八一〇〇円を三〇日で除した二六〇三円を控除すべきであると主張する。しかしながら、身体障害者が身体障害者福祉法一五条一項に基づいて都道府県知事に身体障害者手帳の交付を申請するか否かは、その者の自由意思にかかわる事柄であつて、法律上それが義務づけられているわけではなく、原告はかかる申請をして身体障害者手帳の交付を受けていないことは勿論、更生医療の給付又はこれが困難である場合にそれに代わる更生医療に要する費用の支給についての申請をしていないし、現実にその給付又は支給を受けていない以上、このような公的扶助による負担を受けるとの前提に立つて更生医療の給付又は更生医療に要する費用の支給分相当額を将来の付添看護費から控除するのは相当とはいえない。また特別障害者手当認定の申請については、特別児童扶養手当等の支給に関する法律二六条の五により準用される同法一九条によれば、手当の支給要件に該当する者は、手当の支給を受けようとするときは、その受給資格について、都道府県知事、市長又は福祉事務所を管理する町村長の認定を受けなければならないとされているところ、未だ原告はかかる認定の申請をしていないし、現実に特別障害者手当の支給を受けていない以上、右と同様特別障害者手当の支給分相当額を将来の付添看護費から控除するのは相当とはいえない。したがつて、被告防府構内タクシーの右主張は採用できない。

更に被告四国トラツクサービスは、介護料について原告のように重篤な後遺障害者については、その生存可能年数が健常者より極端に短い場合があるから、年金払いの方式にすべきであると主張する。しかしながら、いわゆる定期金賠償方式の問題点として、その負担者の資力低下を回避するための担保供与等の履行確保や判決確定後の貨幣価値の変動などの事情変更に応じた定期金額の増減を可能にするための変更判決、その他追加賠償等の法律上の制度的な裏打ちの欠如などが従前から指摘されているけれども、その解決策について検討するまでもなく、原告が本件訴訟において一時金による賠償を求めている以上、年金等の定期金による支払を命じる判決をすることは民事訴訟法一八六条に違反し許されないものというべきであるから、被告四国トラツクサービスの右主張は採用できない。

5  建物改造費用 金四五六万三五八二円

証拠(甲二三ないし二五、原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)によれば、原告の介護のため自宅の改造が必要となり、車椅子で浴室に移動できるようにするため既存建物に身体障害者用の浴室の増築費用等として金四五六万三五八二円を要したことが認められ(その費用が金四五六万三五八二円であることは当事者間に争いがない。)、右改造費用は本件事故と相当因果関係がある損害といえる。

四  抗弁2(過失相殺)について

被告防府構内タクシーは、抗弁2記載のとおり本件事故について原告にも過失があると主張するけれども、たとえ原告に早く車を発進させるように急がされたとしても、大野としては、タクシー運転手として乗客のために安全運転を心掛けるべきであることは言うまでもないことであつて、前記二2で認定したとおり後方の安全確認が不十分なまま左折した大野の過失は明らかであり、本件事故の発生について原告には過失がないというべきであるから、被告防府構内タクシー主張の抗弁2は理由がない。

五  損害の填補

原告は、自賠責保険から金三八五六万円、被告防府構内タクシーから休業損害の内払いとして金五一二万円、建物改造費用として金四五六万三五八二円をそれぞれ受領していることは当事者間に争いがなく、これらを原告の前記損害額から控除すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、金八一〇五万二七八二円となる。

六  弁護士費用 金五〇〇万円

証拠(原告法定代理人中川、弁論の全趣旨)によれば、原告は本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約束していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告が本件事故による損害として被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用の額は、金五〇〇万円が相当である。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金八六〇五万二七八二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年八月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑勉)

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